民食 (みんしょく)

民食 (みんしょく)

こんにちは。KitchHike編集部のMasatoです。
今回は改めて「民食 (みんしょく)」 という言葉、そして食の姿についてお話します。

「民食」は、食事の新たな形

「民食」とは、主に「一般の人の家庭料理を食べる食事のこと」を指します。つまり、誰かの手料理を食べに行く食事です。最近は、AirB&Bをはじめとした一般の家に泊まる「民泊」がありますね。民泊が宿泊の新たな形だとすれば、民食は、食事の新たな形です。

現在、私たちの食事の形は[外食・内食・中食]の3つだとされています。
たしかに「今日はどんな食事をしよう?」と思ったとき、選択肢としては

    1. 1.お店で食べる(外食)
    1. 2.家で作ってたべる(内食)
    1. 3.購入したものを家で食べる(中食)

となるのではないでしょうか。そんな中、民食は「誰かの手料理を食べに行く」という「第4」の選択肢を私たちに提示してくれます。

今の民食は「食卓に集った様々な人たちと一緒に食べること」

ですが、今日の民食は「単に人の手料理を食べに行くもの」ではなくなってきています。食べに行く先々には「ご飯を食べたい!」と思う色々な人が集まるようになったのです。
つまり、今の民食は「食卓に集った様々な人たちと一緒に食べること」と言えます。

家族や友人など、誰かと一緒に食事をすることは「共食」とも呼ばれています。しかし、民食で共に食べる人たちは良く知る人だけに限りません。初対面同士が一つの食卓につき、ドキドキしながらもご飯を通じて打ち解け合っていく食事なのです。

今の民食がどのようなものか、少し見えてきたでしょうか?ご飯を作る人のもとに、食べたいと思う様々な人が集まり、一緒に食事を楽しむ。この食の姿が今日の民食となっています。

私達KitchHikeはこの「民食」がもつ力を信じ、民食シーンを作り出しています。

人類は、そのはるか昔から食の場を通じてコミュニケーションをとり、他者と交流を深めてきました。「なわばりに入ってきた部外者と友好を深めるためには、一緒に食事をするのが一番だ。地球上の全ての民族が根源的にこの慣習を持っている」という文化人類学の一節があります。人間は古くから、生活で最も大切な「食」を分かち合うことで、全く知らない他者とも絆を深めてきました。古来より存在するこの文化は普遍です。

そして、民食にはさらに「その先」がある

KitchHikeは日々、少しずつですが民食の場を日本に作り続けてきました。何度やってみても、食を通じて人が繋がりあう素晴らしさに感動するばかりです。そんな私たちの積み重ねの中、民食にはさらに「その先」があることが見えてきました。「作る人と食べるひとが、互いに食卓を作り上げる」ということです。


現場では作る人と食べる人の垣根があいまいになる現象が頻繁に起こっています。食べる人は調理や食事の準備に主体的に関わります。作る人は作るだけでなく、一緒になって食べる状況が自然に発生しています。作る人と食べる人の境界がまざり合い、もはや「互いに作り上げる食卓」が生まれていました。民食は、ただ人が出会う食である以上に、その場にいる全員が共に作り上げる食卓の姿だと言えるでしょう。

「民」、すなわち「ひと」を表す字を冠した民食。それは今や、
ひとの手料理をたべる食、ひとと出会う食、そしてひとと作り上げる食
というかつてない豊かな意味を含むものにアップデートされました。

民食とは、食の選択肢であり、出会いの場であり、ひとと作りあげる食卓そのもの。
KitchHikeでは、今ある民食すべての意味と「みんなで食べる」という想いも込め、ひらがなで「みん食」とも呼んでいます。

「みん食(民食)」を通じて、世界がより豊かになるように。
「食でつながる暮らしをつくる」ために。
これからもKitchHikeは世界に「みん食(民食)」シーンを作り続けていきます。

「民食」をするなら「みんなの食卓」。毎週開催されています!

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