こんにちは! “旅するパティシエ”鈴木あやです。2016年1月から、世界の郷土菓子を巡る旅に出発します。
目標は、「国と国、人と人とをつなぐスイーツ・ストーリーテラー」になること。世界中の郷土菓子を発掘しながら、レシピだけでなく歴史・文化・暮らしと、その地域の価値を立体的に学んできます!
前回、【イスラエルの郷土菓子】を予習するために、東京・新代田に住むイスラエル人のBenjamin(ベンジャミン)さん宅に訪問したことをお伝えしました。
中東・イスラエルにも郷土菓子ってあるの?【“旅するパティシエ”世界一周!郷土菓子レッスンの旅】
今回はいよいよ、「Syrniki(シルニキ)」の正体を明かしていきます!
「シルニキ」を知ること即ち、ロシアを知ること!?
さてさて、後編はお待ちかねの「Syrniki」の調理です。
このお菓子、一言で説明するならば「パンケーキ」。ただ、一般的なものと違う点は、“クワルク”という白いフレッシュチーズを練り込んだ生地を使うパンケーキなのだとか!
想像するだけでワクワクしてしまうお菓子ですが、一つ心配があるとすれば、「これって本当にイスラエルの郷土菓子なの?」ということでした。
前回の記事にも書いたとおり、インターネットで「Syrniki」を調べてみると、同時にヒットするキーワードは、「ロシア」「ウクライナ」など他の国々の名前だったのです。加えて、ロシア語に由来する“スィル”というチーズを意味する言葉が、「Syrniki」の名前の由来となっているといった情報も…。
曖昧にしていても仕方ないと、とにかくストレートにBenjaminさんに質問をしてみることに!

旅するパティシエ:
「“Syrniki”って、ロシアの郷土菓子ではないですか?」
Benjaminさん:
「うん、そうだよ!」
旅するパティシエ:
「…え! 不安的中な上に、即答!?」(心の声)
う〜ん、これは「イスラエルの郷土菓子を」という事前リクエストの伝え方を失敗したかなぁ…と若干困惑していると、すかさず奥さんのトシミさんが補足してくれました。

「彼は、ソビエト連邦で生まれ育ったユダヤ人なの。ソ連解体後に、両親とイスラエルに移住してきたから、国籍としてはロシアとイスラエル、2つ持っているんだよね。」
イスラエルは世界中に離散していた多くのユダヤ人から成る移民国家。ソビエト連邦が解体した1990年代には、現在のロシアやバルト三国などから約10万人のユダヤ人が移り住んだ経緯がありますが、Benjaminさんはまさにその中の一人だったというわけです。
聞けば、Benjaminさんにとっての郷土菓子は、ソ連に住んでいた幼少期に母親が作ってくれた「Syrniki」であって、それは決して彼だけが特別なわけでなく、他の多くのイスラエルに住むユダヤ人にとっても、同様のことなのだそうです。事実、イスラエルの一般的な家庭のお菓子といえば、「Syrniki」と答える人がほとんどなのだとか。
そこで私は、ハッとさせられました。日本の郷土菓子といえば、各地域に独自の甘味があるといえど、大きく「和菓子」という言葉で、文化としてくくることができます。しかし、それは必ずしも当たり前のことではなく、イスラエルのように国境線で文化をひとくくりにすることができない国は、世界にいくらでもあるのです。
「Syrniki」はロシアの郷土菓子であり、また、イスラエルの郷土菓子でもあり、そして紛れもなく、Benjaminさんにとっての郷土菓子なのです。
「Syrniki/シルニキ」のレシピ
Syrniki/シルニキ の材料(2人分)
- クリームチーズ …200g
- 牛乳 …100g
- 全卵 …2個
- 薄力粉 …100g
- グラニュー糖 …50g
- 塩 …少々
- レーズン …お好みで
Syrniki/シルニキ の作り方

1. クリームチーズと牛乳をレンジで温める
2. なめらかになったら、グラニュー糖を溶かす
3. 全卵と薄力粉をまぜる
4. お好みでレーズンも投入する
5. 強火の油で揚げる(※“焼く”のではなく“揚げる”)
6. 両面、こんがり揚がったら皿に移す
そして…完成〜!!

Benjaminさんによると、今回の材料には、日本でも手に入りやすいクリームチーズを使いましたが、現地では“クワルク”というフレッシュチーズで調理するのが一般的とのこと。また、添えるものについても、今回はヨーグルトとハチミツでしたが、現地ではサワークリームで味わうのが主流なのだそうです♪
いただきま〜す♪
ほぼ目分量で、テキパキと作っていくBenjaminさん。奥さん曰く、「適当に作っているように見えるのに、いつも安定したおいしさなのが不思議なんだよね〜。」とのこと。
さてさてお味のほどは…。

私たち日本人に馴染みのある“パンケーキ”との違いは明らか! 高温の油で一気に揚げるため、外側はパリパリなのに、中はクリーミーさとモチモチ感を楽しめるお菓子なのです。

それには“一口サイズ”であることも隠れたポイント! 食べやすさだけでなく、この食感を最大限に堪能するためには、このカタチであることが重要なのだということにも気付きました。
みんなで会話を楽しみながら、手軽にパクパク頂ける「Syrniki」。これぞ郷土菓子の楽しみ方だなぁと、しみじみ♪
予習を終えて…
一番得意なイスラエル料理「Humus(フムス)」を看板商品に、お店を開くのが夢だというBenjaminさん。シャイではじめこそ言葉数も少なかったけど、一緒に食卓を囲んでいる内に、奥さんとの馴れ初めから、世界中の郷土菓子について(甘いものに目がないスイーツ男子でした!)まで、ざっくばらんにお話ししてくれました。
そして最後に、デリケートな質問だということは承知の上で、ロシアとイスラエル、どちらがBenjaminさんにとっての“故郷”になるのかを聞いてみました。

「僕にとっては、どちらも故郷だよ。二つの国が、僕を育ててくれたんだ。」
このシンプルで揺るぎのない彼の答えは、私に大きな気付きを与えてくれました。
地域を越えて、あらゆるエッセンスを織り交ぜながら、次第に“伝統”を形作っていった「フランス菓子」。そして、現代を生きるパティシエとして、そこにさらに新たなエッセンスを盛り込み、新たなスイーツを生み出すことに喜びを感じている私。
でも現実は、過去のフォーマット通りのレシピに則って、「フランス伝統菓子」というステレオタイプのスタンプさえ押せば、それが少なくとも日本のマーケットでは、効率的に最も“ウケのいい”カタチであることに、違和感を覚えていました。
これまではその感情を、厨房でぐっと押し殺してきたけれど、Benjaminさんの答えを聞いて、これから世界に旅立つに私にとっては、その「違和感」こそ大切にすべき想いなのだと気付かされたのです。
イスラエルをはじめとする中東の国々をぐっと身近に感じられるようになったことはもちろん、世界を旅するための心構えができたことを、よくよく感謝したいと思います!
Benjaminさん、ごちそうさまでした!
Information
Benjaminさんの作る、イスラエル料理を食べに行ってみよう!
- 掲載メニュー: フムスとファラフェル
- COOKプロフィール: イスラエル人のBenjaminさん
- 値段: 約1,850円 (15US$)
- 場所: 新代田駅(井の頭線)より徒歩2分
“旅するパティシエ” 鈴木あや
広尾のパティスリー、ペニンシュラホテルのフレンチレストランなどで修行を積んだ後、某レストランにてシェフパティシエに就任。「国と国、人と人とをつなぐスイーツ・ストーリーテラー」になることを目指し、2016年1月から各地の郷土菓子を発掘する世界一周の旅に出発する。
●ウェブサイト
旅するパティシエ, 旅する本屋