「食べられ」に来るヘラジカ?カスカ族に弟子入りした文化人類学者 山口未花子さんに聞く「贈与」と「共有」の食文化|KitchHikeインタビュー第10弾[前編]

こんにちは。KitchHike編集部ライターの岩井です。

さて、恒例のインタビュー企画もついに第10弾!今回はなんと、文化人類学者の山口未花子さんにお話を伺いました。“食”と“暮らし”について、どんなアプローチで研究されているのでしょうか?

子供の頃から、とにかく動物が大好きだったという山口さん。その気持ちは大人になってからも変わることなく、大学で文化人類学を研究しながら、まさかのたった一人で北米先住民「カスカ族」の集落に飛び込み弟子入り。そこで現地の人と生活を共にし、狩猟の修行経験を積んだそうです。

今回は、山口さんが動物に興味をもったきっかけや、北米先住民と過ごした日々について、たっぷりとご紹介します!

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山口未花子さん: 岐阜大学地域科学部助教授。文化人類学が専門。2005年より、カナダ・ユーコン準州の先住民「カスカ」の古老に弟子入りし、狩猟修行や現地調査を実践している。著書に『ヘラジカの贈り物』、共編に『人と動物の人類学』などがある。

動物に興味をもったきっかけとは?

– KitchHikeマガジン編集部 (以下、太字)

今日はよろしくお願いします!早速ですが、山口さんの現在の活動について教えてください。

– 山口未花子さん (以下、敬称略)

岐阜大学で教鞭をとっています。文化人類学が専門ですね。最近では、狩猟や採集を通じて人と動植物との関わりを研究し、学生たちが学ぶ拠点として、「狩猟採集文化研究所」を岐阜県内に開設しました。北米先住民には、学生のころから10年くらい通い続けています。今でも大学の長期休暇などを利用して、毎年行ってますよ。

10年!凄いですね。そもそも動物に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか?

– 山口

子供のころからとにかく動物が大好きでした。その気持ちは大人になってからも変わることがなかったので、興味を持つきっかけがないと言ってもいいくらいです。

なるほど。そこでどうして文化人類学を研究しようと思ったのですか?

– 山口

子供のころ、多くの時間を動物と一緒に過ごすうちに、彼らと心が通じあっているという感覚を持っていたんです。その後、中学に入り、生物を学んだとき、動物には心や文化がないらしいということを知りました。大学に入り、動物生態学を学びました。

そこで、人間と対立構造として動物を研究することが多い生物学からのアプローチに、”違和感”を感じたんですよね。

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子どもの頃から動物と多くの時間を過ごしてきた山口さん。動物たちと一緒に遊んだり、会話までできちゃうくらい、仲良しだったそうです。カスカ族の風習を描いた一枚。

違和感とは具体的にどういうことでしょうか?

– 山口

生物学で動物は、数量化、普遍化されるんですが、生物学的な見方から削り落とされていく側面や、人間との関係性の中での動物のほうが興味深かったんです。また、研究対象として一種類の動物に絞らなきゃいけなかったのですが、大好きな動物がたくさんいるので、絞ることができませんでした(笑)そこで、普段暮らしの中でいろんな動物と接している猟師に弟子入りしてみようと決意しました。

おお、動物好きがゆえの決断だったのですね。

– 山口

私のような考えで調査内容を決めている人はきっと特殊なんだと思います(笑)

確かにあまり聞かないです(笑)!ところで、現地調査はスムーズに行ったのですか?

– 山口

いえ、本当にもう辛かったですよ(笑)まずカナダの自治体に交渉して、カスカ族との直接交渉のOKをもらいました。そのあとすぐ集落に訪れたのですが、はじめは門前払いで…。行った先では、別の場所にチーフがいると言われて。山奥の僻地へ2泊3日車を走らせて、やっとたどり着きました。

その道中、事故にあってしまい、車はひっくり返っちゃうし。ケガはなかったのですが、そのときはさすがに途方に暮れました。ひとりぼっちでしたしね。

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凄まじいエピソードを笑顔で話す山口さん。ちょっと感覚がふつうではない気が、、、

え、たった一人で車を走らせて交渉に行ったんですか!?

– 山口

はい、一人で行きました。当時はまだ学生で、カメラを買うお金も無かったので、持っていた携帯カメラとインスタントカメラで、記念に横転した車を撮影しました(笑)

たった一人で、しかも事故にも遭ったなんて…その後は?

– 山口

なんとか一週間ごしで、集落のチーフに会うことができました。現地調査の許可が出るまでの時間はとても不安でしたね。

紆余曲折あっての現地調査だったのですね…。

山口

現地調査ができるまでの道のりは辛かったですね。でも諦めるという選択肢は一切ありませんでした。

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カナダ・ユーコン準州。ここに先住民族カスカ族が住んでいる。山口さんはこの景色にも魅了され、この地を選んだのだそうです。

カスカ族の古老に弟子入り

現地での調査は、どうやって進んだんでしょうか?

– 山口

集落には老若男女いろんな人がいましたが、私の場合は、おばあさんと一緒に生活をしつつ、猟師としてまだまだ現役の古老に弟子入りしました。

弟子入りとは、職人の世界のようですね。日本とカスカ族、違ったところはあるのですか?

– 山口

もう違いだらけですよ(笑)。例えば恋愛スタイル。カスカ族は、結婚しても一生添い遂げることが少ないのです。結婚していても、夫婦互いに彼氏彼女がいたりしますしね(笑)。彼らは移動生活をしているので、恋愛関係もネットワークを作る手段という考え方なんですよね。複数の人とお付き合いすると、ネットワークが広がりますしね。あとは物価がとにかく高いです。

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現地にて。集落は大自然の中にありますが、テレビや冷蔵庫もあるそうです。

 

おもしろい!結婚・恋愛のスタイルがまるで違いますね(笑)むこうでは、実際に狩猟も体験されたんですか?

– 山口

弟子入りさせてもらった古老から、狩猟の基本を教わりながら調査をしました。例えば、罠の掛け方とかだったり。野宿しながら狩猟もしましたよ。

はじめて狩猟を体験されたとき、どんな気分でしたか?

– 山口

ヘラジカを採ったときの話です。森の暗い茂みの中、ヘラジカが粗ぶれている音だけが聞こえてきました。ヘラジカは大きいものは800キロくらいありますし、何より姿が見えないということに恐怖を覚えましたね。

古老が姿を現したヘラジカを射止めました。そしてその場で、解体をしました。古老が行う狩猟の一連の流れは、とても淡々としていて、自然に時が過ぎていっているようでした。なんだか不思議な気分でしたね。

その後しばらくして、古老は「あのときのヘラジカは、食べられにきてくれたんだよ。」と教えてくれました。

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ヘラジカを狩ったときの一枚。ヘラジカは大きいものだと800キロを超えるそうです。

動物と人間、シェアする関係性

ヘラジカは自ら進んで、採られにきてくれたんですか!?

– 山口

古老いわく、動物は、自分を欲しがっている(狩りたがっている)人間のもとに、自分をプレゼントしてくれると言うんです。カスカ族は昔から、自分たち人間よりも動物の方が、少しだけ優れているという感覚をもっています。だからこそ、動物が狩猟させてくれているという考え方をしています。生きていくために動物を採ることが必要不可欠なので、そのぶん、動物への敬意をちゃんともっています。

彼らが持つ動物への感覚は新鮮ですね。人間からも動物に何かを差し出すことはあるんですか?

– 山口

ありません。彼らは、動物と人間は交換関係にあるのではなく、”贈与”の関係にあると考えています。だから、ギブアンドテイクではなくて、動物が自らをプレゼントしてくれる代わりに、普段から動物への敬意を忘れないでいたり、儀礼を行ったりしています。

人間同士も同様に、誰かが狩ってきた動物はお金や物と交換するのではなく、他の人にも分け与えます。資源を持つ人が無い人に分け与える、つまり「シェア」する文化の中で暮らしているのです。

自らをプレゼントしてくれる動物への儀礼はどんなことをするのですか?

– 山口

狩ってきた動物の器官や後ろ足の骨を、木の枝につるしたりしますね。彼らは、動物の身体には魂が宿っているととらえています。そのため、死んだ後もその魂を木の枝につるしておくことで、風に吹かれ息を吹き返し、やがて再生していくと考えられています。この先も狩猟ができますようにという祈りを込めて。

あともうひとつ興味深い儀礼があります。狩ってきた動物を解体し調理する前に、目玉をとるんです。彼らは、動物の目玉には、その”動物個体としての目”と、その種類の”動物全体の目”の2つの意味があると考えています。

後者の”動物全体の目”を通して、他の全ての同類の動物達と繋がっているため、焼いたり煮たりするところを見せないほうがいいと考えているんですよね。痛々しく調理されている様子を見せないことが、動物への配慮であり、敬意の現れなんです。

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儀礼の様子。狩った動物の内臓を木の枝につるしています。

非常に興味深いです。儀礼は、動物への敬意に基づいた行動なんですね。

– 山口

そうですね。狩猟した動物を食べないのもタブーとされています。自らをプレゼントしてくれた動物の身体は、食べたり、服飾品に使ったりと、残すところなく全て受け取ります。こうやって、カスカ族は動物との関係性を築いてきました。

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山口さんが身につけていた髪飾り、ペンダント。すべて狩猟したヘラジカやビーバーの革から手作りしたもの。動物やお花の刺繍があたたかみがあり、とても可愛いです。

もらった命は無駄にすることなくすべていただくことが、動物への敬意の現れなんですね。カスカ族と動物との関係性にますます興味が湧きます!

– 山口

カスカ族は、自分たちは動物と同一性を持っていながらも、一定の距離を保っている状態が良いと考えています。

えーと、つまり、どういうことでしょうか?

– 山口

カスカ族には、「クマと結婚した娘がいた」という言い伝えがあります。彼らは狩猟採集民族として動物と通じ合える状態が望ましいと考えられています。その究極的な形として、クマと結婚できる、すなわち、人間と動物は同一になれるんだと信じられているんです。

ただ、そこにはプラスの感情だけでなく、「同一性への恐れ」という感情も伴っていて。つまり、動物と人間はとても近しい、あるいは同一な存在でありながらも、いい距離を保てている状態が、狩猟採集民族として生きていくためにはベストだと、考えられているんですよ。

 


うーむ!ちょっと難しいけど、思考がどんどん深まっていきます。盛り上がってきたところですが、インタビュー前編はここまで!

大好きな動物を求めて北米先住民「カスカ族」と生活をともにした山口さん。狩猟体験や現地の人を通じて、動物への興味がどんどん深まっていったようです。インタビュー後編では、現地での食スタイルや、山口さんの活動の原動力について、じっくりお話を伺いたいと思います。

お楽しみに!

インタビュー後編も読んでみよう!(3/15 update!)

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