こんにちは。KitchHike編集部のサヤカです。
インタビュー企画、第11弾!今回登場いただくのは、第35回講談社ノンフィクション賞を受賞された『謎の独立国家ソマリランド』はじめ、アジアやアフリカの辺境をテーマに活躍される、探検家・ノンフィクション作家の高野秀行さんです。旅好き、海外好きには、知らない人はいないであろう探検界のレジェンド!
4月27日に発売されたばかりの新刊(『謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉』)のテーマは、なんと日本人におなじみの食材「納豆」。
図々しくも、高野さんのご自宅におじゃまさせていただき、手料理をふるまっていただきました。ということで、今回は話も料理も納豆尽くし!高野さんを魅了した「納豆」の知られざる魅力、そして世界の辺境の食卓に関するエピソードをたっぷりお伺いします。


奥が深すぎる「アジア納豆」
高野さん、本日は宜しくお願いします!早速ですが、「納豆」をテーマに取材を開始されたきっかけを教えてください。
– 高野 秀行さん(以下、高野)
アジアで食べられている納豆、これを僕は「アジア納豆」と呼んでいるんですが、興味を持ったきっかけが2つあります。
チェンマイには、シャン族(注: インドシナ半島に広がっているタイ系諸族の一つ)がたくさん住んでいて、僕は若いころ彼らのコミュニティにいたことがあるんです。久しぶりに訪れようと思ったんだけど、言葉を少し忘れてしまったので、東京に住んでいるシャン族の人を訪ねました。
その時ふと、シャン族が納豆を食べていたことを思い出して。「日本の納豆はどうですか?」と聞いたんですよ。そしたら、「うーん、おいしいけど、日本の納豆は食べ方がひとつしかないよね」って。
確かにそう言われてみると、日本では納豆の食べ方はレパートリーないですよね。
– 高野
シャンの納豆は、干したものもあるし、唐辛子味とか、米や生姜が入っていたり、いろいろある。食べ方にしても、チャーハンにしても、炒めても煮てもいいし、多様なんです。それで、「あれ?なんで外国人に、納豆について諭されているんだろう?」って(笑)。これがきっかけのひとつです。
もうひとつは、震災前後に在日外国人のインタビューの連載(『移民の宴』)をしていた時のことです。在日外国人の取材現場に、たまたま他の日本人が居合わせることがあったのですが、日本人はすぐ外国人に「納豆は食べられますか?」って、聞くんですよ。
海外にも納豆はあるのに、どうして日本独自の食べ物だと思ってるんだろう?なぜ納豆が「日本の踏み絵」になってるんだろう?と(笑)。



納豆が日本以外でも広く食べられているとは、はずかしながら初耳でした……。日本人の味、というイメージが強いですよね。
– 高野
韓国にも、チョングッチャンという納豆がありますよ。調味料のようにチゲに入れるんです。韓国人の料理研究家に話を聞きに行ったら、「チョングッチャンは祖先の味だよ。」って。
在日韓国人の方は、以前は日本でチョングッチャンが入手できないから、納豆を「納豆醤(ナットウジャン)」って呼んで、代わりに使っていたらしいんです。
日本人は、納豆を「日本の味」だと思っているけど、韓国人も「ソウルフード」だと思っている(笑)。もちろん日本と韓国以外にも、納豆はあるんだけど。面白いですよね。


ちなみに納豆は、アジアでどのあたりの地域に分布しているんでしょうか?
– 高野
東南アジアの内陸部から、ヒマラヤの標高が低いところ、ブータ
たんぱく質もうまみ調味料もない、山あいの拓けていない、豊かでない地域の食べ物です。海沿いは、たんぱく質も魚醤も豊富でしょう。要は、納豆って「辺境食」なんですよ。
「辺境食」!高野さんのテーマにだんだん重なってきましたね。東南アジアでは、どんな納豆が食べられているんでしょうか?
– 高野
これを見てください。シャン族が食べているアジア納豆。名前は「トナオ」と言います。おもしろくないですか?「ナット



「トナオ」と「ナットウ」。すごい、ホントですね!偶然なんですか?!
– 高野
半分偶然ですかね(笑)。ちなみに、トナオの「ト(トウ)」は
納豆を臼と杵でお餅みたいについて、手で伸ばして天日干しするとこんな風に平たくなる。ちょっとにおいをかいでみてください。納豆民族ならすぐわかるにおいでしょう。
アジアの辺境各地に生息する「納豆民族」
新しい納豆用語がどんどん出てきますね。たしかに見た目にはわかりませんが、においは、納豆そのもの!
– 高野
そうなんです。ちなみにアジアの辺境地帯は気温が高くて冷蔵庫がないから、食品の保存を工夫していますがこの形も保存のため。一年は大丈夫です。
食べ方ですが、現地だと、村では囲炉裏で直火であぶったり、街の人は中華鍋で素揚げしたりしますね。今日はグリルで軽くあぶりましょう。色がだんだん変わってくる。火を通しすぎると焦げて苦くなっちゃいます。予熱してあれば10秒で十分。
トナオもたくさん買ってきたのですが、お酒のお供に良いのでほとんどなくなってしまいました。でも、シャン族に言うと笑われるんですよ。シャン族では、トナオはあくまでごはんのお供らしいんです。お酒は、肉か魚を肴にたしなむものらしいので。



勉強になります。他にもなにか納豆エピソードはありますか?
– 高野
あと、忘れていたんだけど、冷蔵庫をあさっていたら、こんなものも出てきました(笑)。
中国・雲南省のタイ族が「トウチ(豆豉)」と呼んでいる納豆です。いったん天日干しをしてから、またついて、固めています。中国では、大豆の発酵食品のうち、味噌のようにどろどろしていなくて原型をとどめているもの全般をトウチと呼んでいるんだけど、特にこれは乾いているから「乾トウチ」と言われています。炒めもチャーハンにしても、ごはんのお供にしてもいい。


このままでは食べないんですか?
– 高野
実は、生の納豆をそのまま食べるのは日本だけなんですよ。生で
よそいきの食べ物として扱われない納豆の悲哀
日本はむしろ納豆先進国だと思っていましたが違うんですね(笑)。
– 高野
ではもうひとつ納豆料理を紹介します、洋風ですよ。アボカドと納豆のサラダです。ミャンマーとインドの国境に住んでいるナガ族という民族の料理があります。ナガ族は、毎日納豆ばかり食べているんですよ(笑)。
一食におかずが4つあると、そのうち3つには納豆が入っているっていうくらい。調味料としても、たんぱく質源としても活用しているから。

でも面白いことに、ナガ族がこんなに納豆好きだとは、多くの人が気づいていないんです。なぜなら人様に見せびらかすような食文化ではないから。
日本含めてどこの国でも、お客に出すようなもんじゃないからね、納豆は。
たとえば、第二次世界大戦のインパール作戦で、日本兵がミャンマーにたくさん行ったでしょう。当時も現地では確実に納豆が食べられていたんだけど、日本兵の記録には、納豆が一切出てこない。納豆だと気付かなかったんだと思いますよ。
高野さんがミャンマーでカチン独立軍(ミャンマー北部カチン州で活動する武装組織)の取材をされていたとき(『西南シルクロードは密林に消える』)、納豆を食べる機会はありましたか?
– 高野
実はあったんですよ。ジャングルを歩くのが大変すぎて、納豆どころじゃなかったんだけどね(笑)。でも、ジャングルに入って2日目、少しひらけた平地に出たとき、村でなにか食べさせてもらえないかお願いしたら、出てきたんですよ、納豆が。
なんと、糸引き納豆と生卵が出てきた。かたまりの納豆は見たことがあったけれど、生の糸引き納豆をミャンマーで見たのは、後にも先にもその一度だけ。
ミャンマーのジャングルで、ゲリラと納豆卵定食!
– 高野
さすがに醤油じゃなくて塩で食べたけどね(笑)。同行したカメラマンが、辺境の旅が初めてで食べ物を何も受け付けなくなってしまっていたんだけど、久々の納豆卵かけごはんに僕もカメラマンも大喜び。
でも、カチン軍は村人に対して激怒ですよ。「お客さんに失礼だろ!なんだこれは?客に出すようなものじゃない。しかも生で調理もしていない。馬鹿にしてるのか?」って。
なるほど、せっかく訪ねてくれた客人に納豆はないだろと怒ったんですね。
– 高野
ミャンマーでもお客に納豆は出さないし、そもそも生なんてほとんど食べない。たまに食べるとしても、生姜、にんにく、ねぎ、唐辛子など薬味とあわせる。玉子だって生じゃ食べないんですよ。たまに兵隊が元気づけに、栄養ドリンクのように飲むくらい。
だから「食べるものはこれしかない。勝手に食べてくれ。」なんて感じだった。実は、その家は、息子を兵隊に取られていて、カチン独立軍をよく思っていなかったんです。
でもカチン軍が怒っている横で、僕とカメラマンがありがたく、生卵かけておいしそうに食べてるから、軍の兵隊たちは「こいつら、一体なんなんだ?!」って(笑)
それはびっくりさせたでしょうね!どうして納豆はこんなに、低く見られている、よそゆきではないんでしょうか?
– 高野
理由はいくつかありますが、まず安すぎること。どこの地域でも、納豆でお金を取るって発想はないですよね。シャン族も食堂には絶対ないですよ。あるとしたら、日本の食堂でポンと置いてある福神漬けみたいな位置づけ。納豆の和え物や炒め物が無造作に置いてあって、勝手に食べてね、とそんな感じ。ひとさまに出すようなものじゃないですよ。
納豆の取材を申し込むとどこの地域でも怪訝な顔をされます。「他にもおいしいものはたくさんあるのに!なんで?!」って。
やはりあまり人様に見られなくはない食文化のひとつなんですね。
– 高野
でも、「こんなの、たいしたものじゃないのに!」って言いながら、納豆が褒められるとやたらと嬉しそうなんです。身内の感覚なんでしょうね。他の民族の納豆を見ると「うちの納豆に比べると、ねぇ……」ってなる(笑)。みんな、自分たちの納豆文化が好きなんです。実は、自信満々なんです。
日本の納豆を海外に持って行って食べさせたこともあるけど、「え……味がしないね。」とか言われて、評判が良くない。日本の納豆関係者にアジア納豆を食べさせても、「日本の納豆と比べられるようなもんじゃない」って、ちょっと見下した感じ。
最初は違和感があったけど、他の国もお互い同じなんですよね。
知られていない日本の辺境納豆文化
日本でも納豆取材されたんでしょうか?
– 高野
はい、しました。僕のお気に入りは、秋田の納豆。小さい工場で作っている納豆屋さんなんだけど、すっごくおいしい。大粒で、ねばねばが少ないんです。

驚くくらい大粒ですね……!
– 高野
そうでしょう。実は、納豆好きの日本人は、はまるにつれて、どんどん大粒に走っていくんです。豆の味がよくわかるからね。一般的に、みんなねばねばにこだわるけど、実は、豆の部分がうまいんですよ。
あと、この納豆の長所は粘り気が少ないこと。日本の納豆は粘り気が強すぎる。本当は日本の伝統的な納豆はアジア納豆くらいの粘り気だったけど、戦後、納豆メーカーが企業努力で糸引きが強いように改良したん
ご飯にかけるとよく絡んでいいけど、料理に使うのには適さない。和えると糸だらけになっちゃうし、調味をすると糸が全部吸い込んで味が回らない。炒めるとすぐ焦げる。だから、料理に使うなら、大粒で粘らないものがいいですね。
さすがです。ちなみに、アボカドと納豆のサラダに加えているのはなんですか?
– 高野
オリーブ油とバジルです。納豆って、意外に洋食にも合うんですよ。ラタトゥイユに入れても大丈夫。納豆が洋食に合う理由としては、スプーンとフォークで食べやすいのがありますね。タイやミャンマーでは、右手でスプーン、左手でフォークを持って、豆が逃げないように乗せて食べてます。日本の納豆は粘るから箸でも食べやすいですけど。


納豆で洋食……?納豆の常識が崩れてきました(笑)。
– 高野
そうでしょうね。僕は三年間どっぷり納豆に浸かってきて、なにが普通で何が普通じゃないのか、もうわからないです(笑)。アジア納豆の取材に行くと、「じゃあ、日本の納豆はなんなんだろう?」と、日本の納豆に戻ってくる。
「納豆とはなんだろう?」という根源的な問いですよね。ちなみに、新刊には、僕なりの結論が書いてありますので、ぜひ読んでみてください。

日本でも特色のある納豆文化はありますか?
– 高野
秋田の県南には、びっくりするくらい納豆が根付いています。元旦には納豆汁を飲む。各家庭には、納豆専門の器が5コとか10コとかある。器の口の部分から、ザーッと納豆を流すと汚れないから便利な形なんですよ。
県南の方々は、アジア納豆のエリアの民族となんだか似ていますね。海に近い場所や平野部の納豆を食べないエリアは、おおらかで社交的、声も大きくて能天気。


山に入っていくと、人ってだんだん物静かになりますよね。自己主張をしない、謙虚、内気。これは、インドでも中国でも、ネパールでもシャンも、秋田も同じなんです。
納豆民族論、なんてね(笑)。納豆というフィルターを通すと、日本も「辺境」と言えるかもしれないですね。
なるほど!納豆高等民族になればなるほど、謙虚になっていくんですね。う〜ん、興味深いです!
盛り上がってきましたが、前半のインタビューはここまで!
アジア納豆の普及エリアが、高野さんがこれまで探検されていた「辺境」とちょうど重なっているのは、本当におもしろいと思いました。高野さんが納豆にたどりついたのは、必然だったのかもしれません。
インタビュー後半では、これまで高野さんが訪ねた辺境で食べてきた信じられない家庭料理や、食を通じた現地の人との交流、気付いたこと、ギリギリのエピソードなどなどお伺いさせていただきます。
お楽しみに!乞うご期待くださいね。